萱和磨(体操男子)母との二人三脚、補欠から団体チーム主将になるまでの4年計画とは?

オリンピック

5年前のリオ五輪、成績を残してたにもかかわらず選ばれた枠は「補欠」だった体操男子の萱選手。

五輪を目指す選手にとってこれほどつらいものはないと思います。

次を目指せば4年後。モチベーションを保ち続けるのは並大抵のことではありません。

しかし、萱選手はこの悔しさを乗り越え、5年後文句なしで五輪の切符をつかみました!

補欠から団体チーム主将に選ばれるまでの萱選手の「4年計画」を紹介します。

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萱 和磨プロフィール

* 萱 和磨 (かや かずま)


* 生年月日  1996年 11月19日  * 血液型  A型

* 身  長  163㎝   * 体  重   52㎏

* 出身地   千葉県千葉市  

* 出身校   習志野高校  →  順天堂大学

* 所  属  セントラルスポーツ              

* 趣  味  ドライブ  ショッピング

* 尊敬する人 冨田 洋之先生                      【写真:毎日新聞より引用】

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運命の出会い

 2004年アテネ五輪、体操男子鉄棒の冨田選手。

「伸身の新月面がえがく放物線は、栄光への架け橋だ!」

の実況で日本中が感動しました。

尊敬するのは【冨田先生】というように、当時小学2年生だった萱選手は

この映像を見て体操を始めたそうです。

母親に支えられ、強い身体をつくり体操教室に行くのが楽しくて夢中で練習した。

練習量の多さは誰にも負けないと自負する。

アテネの冨田選手を何度も思い浮かべ、自身もオリンピックを目指すようになる。

リオ五輪

 2015年の世界選手権の団体、萱選手は得意のあん馬でチーム最高点をたたき出し日本は金メダル!

リオ五輪の最終選考でも、あん馬で優勝!にもかかわらず、代表メンバーには選ばれませんでした。

代表合宿に補欠として同行しましたが選手交代はなく、団体の決勝・金メダル獲得の瞬間は観客席で

見ていたそうですが、その時の気持ちを考えると本当に悔しかったと思います。

帰国後、そのまま練習場に向かったそうです!

4年計画

リオ五輪の悔しさから「圧倒的な強さで日本のエースになる!!」

ここから萱選手の 4年計画 が始まったのです。

 ” あん馬だけでなく、6種目全部で高得点を取れるオールラウンダー
今年は吊り輪・来年は鉄棒…1種目1年をかけて苦手を克服し技を磨く ”

ウォーミングアップから試合まで、どんな時もミスなく

やりすぎと言われるほど練習し、19年の世界選手権では全20演技を失敗なく終え

「ミスしない男」と言われるほどになったんです!

 

ずっと支え、息子が必死で努力している姿を一番みてこられたお母様

今回の代表は本当にうれしいと思います(^^)

まとめ

 リオの悔しさを乗り越えて強くなった萱選手。

補欠から団体チームの主将に指名されるまでになり、この5年本当に努力を重ねてきたと思います。

努力は裏切らない。

1年1年徹底的に磨き上げてきた完璧な演技を、念願の舞台で披露してほしいですね。

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